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札幌高等裁判所 昭和43年(ネ)88号 判決 1969年4月17日

控訴人(原告) 雪印乳業株式会社

被控訴人(被告) 釧路市

主文

本件控訴を棄却する。

控訴審での訴訟費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取り消す、第一次、第二次請求として被控訴人は控訴人に対し金三二一万六七八三円および内金一九八万六六三七円に対する昭和四二年四月一日から、内金一二三万〇一四六円に対する昭和四三年四月一日から支払済まで各年五分の金員ならびに昭和四四年三月三一日かぎり金六七万九五九三円およびこれに対する右期限の翌日から完済まで年五分の金員の支払をせよ。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする」との判決と仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は主文と同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上および法律上の陳述は左記を附加するほかはすべて原判決事実摘示(但し控訴代理人において従前における第二次的請求を第一次的請求に、第三次的請求を第二次的請求に訂正)と同一であるからこれを引用する。

被控訴代理人は次のとおり述べた。

(1)  本件条例に定める奨励金交付請求権は市長の交付決定によりはじめて生ずるものであるが改正条例はその施行前既に交付決定がなされているものについては、従前どおり奨励金を交付することとし、企業側の既得権を尊重する措置を講じている(附則第二項)。

(2)  昭和三九年中に工場増設を完了し、奨励金交付の対象となり得るものについては昭和四一年一月から三月までの間に交付決定が行われるのが通常であり、本件改正条例施行時にまだ交付決定がなされていなかつた。しかし右のような増設工場については昭和四〇年度分の固定資産税も課税されその納税も殆んど終つているのが通常であり(最終納期の第四期納期は昭和四〇年一二月二五日)かつ既に奨励金交付の実体調査も終了し、予算措置も講ぜられ、あとは納税終了の確認、工場誘致審議会の答申さえあれば交付決定ができる状態にある。そこでこれらのものについてはまだ奨励金交付請求権は生じていなかつたけれども特に従前どおりの取扱をすることとして救済措置を講じた(附則第三項)。

(3)  ところで控訴人の増設工場は昭和四〇年中に完成したものであり固定資産税が課税されるのは昭和四一年度分からである。しかして固定資産税の賦課、奨励金交付の対象となるものかどうか等の実体調査、予算措置、納税審議会による答申等の手続を経て行われる奨励金の交付決定は従来の例により通常の方法で行うかぎり昭和四二年一月から三月までの間すなわち一年以上も将来のことになる。したがつてこのようにまだ固定資産税の課税もなされていないような工場増設についてはなお次に掲げる理由を勘案して従前どおり奨励金を交付するとの措置をとらなかつたのである。

(イ)  奨励金はもともと恩恵的に与えられるものであり何ら対価のない一方的な利益であること。

(ロ)  一般的に奨励金交付制度は元来不当かつ合理性のないものであるほか釧路市の財政事情は悪くかつ市民の生活環境の整備は他都市に比し遅れていたこと。

(ハ)  本件工場誘致条例はその制定当時から問題があり経済事情の変更等によつて改正さるべく条件づけられて誕生し実際にも奨励金の交付は市の財政事情の悪化にともない企業側に不利に改正されてきたこと。

(ニ)  昭和三二年頃から工場増設に対する奨励金制度廃止の意見が市議会等で次第に強くなつてきており(ハ)に述べた条例改正の経過と相俟つて一般にも改廃の可能性が十分に予測し得た筈であること。

(ホ)  控訴人が奨励金の交付を受けられることを重要な要素として工場を増設するようなことは通常考えられないこと。

(4)  以上のような次第で本件改正条例の立法措置は妥当なものであり何ら違法性がなく、この改正条例に基いてなした市長の却下処分もまた正当である。

証拠関係<省略>

理由

第一被控訴人の本案前の主張について、

当裁判所も控訴人の第一次的請求は訴の利益を欠き不適法である主旨の被控訴人の本案前の主張は採用しえないと判断するものであり、その理由は原判決のそれと同一であるから、原判決二〇枚目裏末行から二一枚目表一〇行目までの判示(但し二〇枚目表一行目に「第一次請求および第二次請求」とあるのを「第一次的請求」と訂正する)をここに引用する。

第二第一次的請求(奨励金交付請求)について、

一  当事者間に争いのない事実。

1  被控訴人は昭和二九年九月二二日条例第二六号をもつて釧路市工場誘致条例を制定し、その後昭和三二年六月二四日、昭和三五年三月三〇日、昭和三九年七月四日および昭和四〇年三月二五日の四回に亘つて同条例を改正した(以下右数次の改正を含む条例を旧条例という)。しかし旧条例はその第三条において「本市は工場の増設又は新設があつた場合この条例の定めるところにより次の方法で助成を行うことができる、(1)奨励金の交付、(2)前号の外工場の新設又は増設についての協力」と、第四条において、「奨励金は本市産業の振興に寄与する事業で投資額五、〇〇〇万円をこえるものに交付することができる」と、第五条一項において、「奨励金の額はその工場(工場増設の場合はその部分)について当該年度に課された固定資産税の相当額に次の各号に掲げる割合を乗じて得た額(工場増設の場合は次の各号に掲げる割合に一〇〇分の七〇を乗じて得た額)の範囲内とし、その期間はその工場が操業を開始し、固定資産税を課された年度から三年とする。但し市長が特別の事由があると認めたときは更に二年を限つて延長することができる、(1)初年度一〇〇分の一〇〇、(2)次年度一〇〇分の七五、(3)その後の年度一〇〇分の五〇」とそれぞれ規定していた。

2  控訴人は、乳製品、飲用牛乳、アイスクリーム、マーガリン等の製造および販売をその事業内容とする株式会社であつて釧路市内に工場を有するところ、昭和四〇年九月工場を増設し、同年一二月二〇日釧路市長に対し旧条例第七条一項により助成申請書を提出し、右は同日受理された。

3  釧路市議会は昭和四〇年一二月二八日旧条例中工場の増設に対する奨励金の交付を廃止する趣旨の釧路市工場誘致条例一部改正案を議決し、釧路市長は即日条例第二七号(以下改正条例という)をもつてこれを公布施行した。

二  控訴人は奨励金交付請求権は釧路市工場誘致条例に定められた客観的基準に適合する工場の新設又は増設という事実行為の完了によつて当然に発生するものであるから、控訴人は昭和四〇年九月、工場を増設したことにより被控訴人に対し旧条例に基く奨励金の交付請求権を取得した(改正条例が施行されてもその附則三項により右請求権の取得には影響がない)と主張し、被控訴人は奨励金交付請求権は釧路市長の奨励金交付決定によりはじめて生ずるものであつて、工場の増設という事実行為の完了により当然に発生するものではないと反論するので判断する。

1  一般的に地方公共団体はその公益上の必要がある場合には他の事業等に対し寄附又は補助をする能力を有するものであり、本件釧路市工場誘致条例の定める奨励金も釧路市の産業振興という行政目的のため同市内における工場の新設又は増設(但し改正条例では新設のみ)を奨励ないし促進する趣旨で与える金銭給付であり、相手方において返還の義務を伴わない補助金の性質を有し、近時いわゆる給付行政の一作用に属するものということができる。

右のように行政主体が他の事業を助成ないし、奨励するために金銭を給付することは行政主体が非権力的作用として行うものであつて、本来恩恵的、奨励的なものであり、私法上の贈与的性質のものとみるべきである。

しかしながら上記のような補助金の交付がまれに行われる場合においてはこれを個々の場合に私法的法律関係として律するに支障はないとしても近時給付行政の分野の拡大の傾向に伴い行政主体の財政上ないし給付の適正公平等の見地から別個の法的規制の必要のあることは必然であり、現に補助金等に係る予算の執行の適正化に関する法律も右のような傾向に即応して立法されたものと理解することができる。

しかして奨励金ないし補助金交付の法形式をどのように定めるかは立法政策の問題であり、立法者において選択の自由がありその交付の形式を行政庁が一方的に行う行政処分として定立することも可能であると考える。けだし上記のように奨励金等の交付が本来は贈与契約の履行という性格のものであるにしても、行政主体が私契約の場合と同様にこれを与えるか否かの自由を持つものとすることは妥当でなく、その交付の対象、金額、時期、方法等を規制することによつて行政主体を拘束するとともにその要件充足に司法的審査の途を開き交付申請を拒否された場合には抗告訴訟によつてこれを救済する方途を講ずることは行政の民主化に適合する所以というべきだからである。

2  よつてこれを本件条例について考察する。

本件旧条例(乙第九号証の一ないし五)および釧路市工場誘致条例施行規則(乙第一〇号証の一ないし四)によると同条例は第一条においてその目的、第二条において用語の定義を定め、第三条ないし第六条において助成の方法、奨励金交付の対象、奨励金の額の上限および交付の期間を定め、その交付の方法としては第七条において「奨励金の交付を受けようとする者は事業開始の日から三月以内に、協力を受けようとする者はその都度別に定める申請書を市長に提出しなければならない」と規定し、同条例施行規則においては上記申請書に記載すべき要件事項を定め、その第四条において「市長は申請書を受理したときは審査し、適当と認めたときはその工場に対する助成の限度その他必要の条件を付して助成するものとする」と規定している。それと同時に同条例は第八条において「この条例の適用を受ける者が次の各号の一に該当する場合は協力の取消又は奨励金の一部又は全部の返還を命ずることがある」旨および第九条において「市長は助成を受けた者に対して必要な調査を行い又は報告を求めることができる」旨の多分に権力的な規定を設けている。また数次に亘る改正に際しても「改正条例の施行前に奨励金の交付決定を受けた者についてはなお従前の例による」旨の附則を置くのを通例とした。

右のような各規定からみると旧条例は工場の新設又は増設に対する奨励金交付の基準を定めかつその目的達成のためある種の権力的規定を置くとともに、その交付の方法は、交付を受けようとする者から行政庁である市長に対し申請をなさしめこれに対して市長が交付決定をするという行政処分としての法形式を採用したものとみるべきであり、成立に争いのない甲第一二号証によれば、市長が申請を拒否する場合にはその決定とみるべき書面に「この通知に対し不服のあるときは六〇日以内に行政不服審査法第六条の規定により市長に対し異議の申立をすることができる」旨の教示をなしていることが認められるから、その立法の意図も奨励金の交付はこれを行政処分として定立したものということができる。

3  旧条例が釧路市内における工場の新設又は増設に対する奨励金交付の基準を定めかつその交付の方法を行政処分としての法形式を採用したものであることはすでにみたとおりである。

しかし右のごとき条例の定めがなされたからといつて、さきに判示した奨励金の持つ本来の性格には変りがなく、条例上行政客体に対し当然に奨励金交付の請求権を与えたものと解することはできず、ただ市長において右条例の規定の内容にしたがつてその定める範囲で奨励金を交付すべき拘束を受けるに止まるものと解すべきである。したがつて市長のなす交付決定は一種の設権的行為とみるべきであり工場の新設又は増設をなした者から交付申請がなされ市長が審査の結果適当と認め奨励金の交付決定をしてはじめてその者に奨励金交付請求権が発生するものと解すべきである。控訴人の主張するように昭和三〇年度から同三九年度までの間に合計七〇件に及ぶ奨励金交付申請がなされたのに対し一件も却下された事例がなかつた(この点は当事者間に争いがない)としてもこのことはなんら右の解釈を左右する根拠とはならない。

そうすると、条例の規定に適合する工場の増設という事実行為の完了によつて当然に奨励金の交付請求権が発生するものとする控訴人の見解は採用し難いものであり、しかも条例上交付すべき金額については市長に裁量権のあることも明らかであるから上記の見解を前提として自ら算定した金額の支払を求める控訴人の第一次的請求は他の点について判断を俟たず失当というのほかはない。

第三第二次的請求(損害賠償請求)について、

一  控訴人が昭和四〇年九月三〇日工場を増設し同年一二月七日釧路市長に対し奨励金交付の助成申請書を提出し同年一一月四日受理されたこと、釧路市議会が同年一二月二八日旧条例中工場の増設に対する奨励金の交付を廃止する旨の改正条例案を議決し、同市長が即日これを公布したことは前記二の一に判示したところであり、同市長が昭和四一年二月一七日上記控訴人のなした申請を改正条例が公布施行されたことを理由に却下したことは当事者間に争いがない。

二  控訴人は昭和四〇年九月三〇日本件工場を増設したことにより旧条例上市長の交付決定を停止条件として、被控訴人から必ず奨励金の交付を受け得ると期待する法的地位を取得したものである。工場の増設に対する奨励金の交付を廃止した改正条例は右控訴人の法的地位を侵害するものであり被控訴人の代表者である市長はそのことを知りながら改正条例を公布し、控訴人の申請を却下したもので、右はその職務を行うにつき違法に控訴人に対し損害を被らしめたものであると主張するので判断する。

1  旧条例に定める奨励金交付の要件が何時充足するかは条例の規定上は必ずしも定かではない。本来恩恵的奨励的性質の補助金(奨励金)の支出を永く将来に亘つて義務づけることは諸情勢の変化、ないし交付者側の財政的事情等からみて必ずしも妥当ではなく、このような配慮から一般にこの種助成法規では「助成することができる」「予算の範囲内で」或は「何分の一以内」というように或る程度交付者側の拘束を軽減する文言を用うるのを通例とすることが顕著であり、本件条例もその例に洩れない。したがつて、本件奨励金交付の要件が何時充足するかは条例および同施行規則の条項ならびに交付手続の実態等を勘案して判定するのほかはない。

旧条例第五条では「奨励金の額はその工場(増設の場合はその部分)について当該年度に課された固定資産税の相当額に次の各号に掲げる割合を乗じて得た額(工場増設の場合は次の各号に掲げる割合に一〇〇分の七〇を乗じて得た額)の範囲内とし、その期間はその工場が操業を開始し、固定資産税を課された年度から三年とする」と規定し、同施行規則第五条では「奨励金は各年度毎にその工場に課された固定資産税を当該年度内に納付した後に交付する」と規定している。右各規定によれば、奨励金の交付は実質的には当該新設又は増設工場に対し賦課、納入された固定資産税の一部を還元することにほかならないものであり、先ず工場の新設又は増設が行われ次いでこれに対して賦課徴収さるべき固定資産税の額が確定された後に市長においてこれを基準として条例の定める範囲内の金額を交付する決定をなし現実の交付は当該工場に賦課された固定資産税が納入された後に行われるものであることが明らかである。各成立に争いのない乙第一二号証の一ないし六、同第一四号証、甲第一〇号証によれば、交付手続の実際においても、先ず工場を新設又は増設した者から条例の定める期間内に交付申請がなされると右工場に対する固定資産税の賦課、奨励金交付の対象となるかどうかについての実体調査、税額の確定、予算措置、審議会の答申等の手続を経た上当該年度の固定資産税が完納された次の年の三月頃になつて市長の交付決定がなされていたものであることが認められる。

右のようにみてくると旧条例の定める奨励金は少くとも工場の新設又は増設が完了して操業が開始されかつその工場に対する固定資産税額およびその納期が確定することによつて当該年度における交付の要件が充足されるものと解するを相当とする。

控訴人が本件工場の増設を完了したのは昭和四〇年九月であるから右増設工場に対する固定資産税の課税価格および税額が確定するのは翌昭和四一年度であり、同年一月一日以降において課税されるものであることが地方税法上(第三五九条等)明らかである。

そうすると、本件改正条例が公布施行された昭和四〇年一二月二八日の時点においては右工場増設については未だ市長のなすべき交付決定の要件は完全に充足されていなかつたものとみなければならない。

2  各成立に争いのない甲第六号証、乙第一号証ないし同第三号証、同第七号証、同第八号証の一ないし五、同第一三号証の一ないし三、同第一四号証、真正に成立したものと認める同第五号証を総合すると次の事実が認められる。

(イ) 旧条例はその原案では新設工場のみを奨励金の対象としていたところ、地元工場との均衡上増設もその対象とするに至つたもので昭和三九年に制定された当初から同条例を審議した釧路市議会(経済常任委員会および総務常任委員会)において経済情勢の推移に応じその内容を時宜に適するよう変更することを条件とする附帯決議がなされたこと。

(ロ) その後旧条例は釧路市の財政事情の悪化を主たる理由として数回に亘つて改正が行われ、その対象、奨励金額の算定基準等につき漸次企業側に不利に改正されてきたこと。

(ハ) 旧条例の定める奨励金の制度は専ら固定資産税額を基準としてその一定割合の金額を交付するものであつて実質的には固定資産税の一部減免と異ならないものであるが、政府はかねてから地方自治体が工場誘致のため地方税の減免措置を行うことが地方自治体の財政上支障をきたすことを理由にかかる措置に否定的もしくは消極的な態度を示し、昭和三〇年一〇月一八日には自治庁税務部長の通達をもつてその旨を指導方針として明らかにしており、釧路市においても昭和四〇年二月二七日同会の定例議会において旧条例による奨励金制度の廃止が論議せられていること。

(ニ) 改正条例制度当時の釧路市の財政事情は、昭和三八年度における歳入決算総額二八億三、五四四万九〇〇〇円中土地売払代金(一億三、六五三万六〇〇〇円)の占める割合は四・七パーセントでその大部分の一億二五五万五〇〇〇円が経常一般財源に充当され、昭和三九年度には同様土地売払代金(三億二、〇二〇万一〇〇〇円)の占める割合は九・一パーセントでその約半分に当る一億五、〇三七万五〇〇〇円が一般財源に充当されるという状況で相当窮迫した事態にあつたこと。

(ホ) 釧路市は改正条例制定当時控訴人その他新設工場に対する奨励金として既に交付決定をした確定債務の未払分がなお約三億一、八七四万円残存しておりさらに訴外本州製紙株式会社および十条製紙株式会社の新規の増設工事などについて旧条例による奨励金を交付するとすれば少くとも概算合計一億五、六〇〇万円(かりに交付期間を旧条例七条の規定により七年間に分割するとしても年間平均二、二三四万円)の新たな支出が見込まれ釧路市の財政規模状態に照らして将来の財政負担を一層加重ならしめる結果が懸念されたこと。

(ヘ) 釧路市においては昭和三九年度現在で道路の舗装率が僅か四・七パーセントに過ぎず北海道の重要都市の中でも非常に低率であるため舗装部分の拡大が強く要望されており、その他下水道設備の拡充老朽校舎の建替えなどさし迫つた住民福祉政策の遂行のために必要な財源に乏しくこれが捻出に苦慮していたこと。

以上の諸事実が認められ他にこの認定を左右し得る証拠はない。

3  本来恩恵的、奨励的性質の奨励金の支出を永く将来に亘つて義務づけることの妥当でないことは前にも触れたところであるが、旧条例の定める工場増設に対する奨励金の制度は釧路市の産業を振興し住民の利益を増進するという公益上の必要にもとづきその源資は税金を主体とする同市の一般財源から支出されるものであるから、もともと同市の財政状態や政治的社会的情勢の変動に応じて将来の改廃が予測される性質のもので永久不変の制度として存在するわけのものではなく、釧路市としてはその政策的考慮にもとづき奨励金制度そのものを廃止すると否との自由を有するものと解するを相当とする。

控訴人の工場増設については改正条例施行当時未だ市長のなすべき奨励金交付決定の要件を充足していなかつたものであることは既述のとおりであるが、旧条例が維持存続するかぎりにおいてはその他の要件が完備することにより市長から奨励金交付決定(昭和四一年度を初年度として交付の対象となる)を受け得る地位を有したものということができる。

しかしながら右のような控訴人の地位ないし期待が、その現在の状態において法の保護を受けるためには釧路市において右のような地位を侵害してはならないという法的拘束を受けている場合でなければならないのであつて、右控訴人の地位を民法第一二八条、第一二九条の定める条件附権利と全く同一のものと考えることはできない。

旧条例上右のような地位を保障する趣旨の規定は存在しないし、工場増設に対する奨励金の制度はその本来の性格からみて釧路市においてこれを廃止すると否との自由を有するものであることは前段判示のとおりであるから、控訴人の前記地位ないし期待は釧路市に対し条例の改廃によつては侵害してはならないという法的拘束を設定するまでの権利性を有するものとは認め難く右は事実上の期待に止まり未だ法的保護の対象となり得る地位にはあたらないものと解するを相当とする。

控訴人の主張するように控訴人が過去二回に亘る工場増設についてその都度必ず奨励金の交付を受けてきた事実(この点は当事者間に争いがない)を十分に斟酌しても右結論を左右することができない。

そればかりではなく、前記認定の事実によれば、旧条例の定める奨励金の制度はその制定の当初から経済情勢の推移に即応して改正されることが予定されていて数次に亘つて企業側に不利に改正されてきたものであり、釧路市においてはより緊急を要し、一般住民の福祉に直接関係のある施策を行う財源を確保する公益上の必要からかねて議論のあつた工場増設に対する奨励金の制度を廃止する改正条例を制定施行したのであるから右条例の改正は合理的理由に基づくものということができる。改正条例が上記のような控訴人の有する地位につきなんの考慮を払わなかつたとしても立法政策上妥当かどうかの問題の残ることはかくべつとして、違法の評価を受けるべきものではないと解する。

そうすると、改正条例が控訴人の有する権利ないし利益を侵害する違法のものであることを前提とする第二次的請求も爾余の点につき判断するまでもなく失当として排斥を免れない。

第四結論

よつて、結局において以上と同一判断のもとに控訴人の各請求を排斥した原判決は相当であつて本件控訴は理由がないから民事訴訟法第三八四条第一項によりこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき同法第九五条第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 杉山孝 黒川正昭 島田礼介)

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